日本アルプスへの登山―。中部地方に聳え立つ名峰の数々。思い返せば、有名な登山雑誌も読まず、山岳会などとも無縁だったぼくは、その名だたる山々を知らないまま関東圏の低山歩きにどっぷりハマっていました。
いつかいつかとは言いつつ、いったいいつだ?なんて悶々としながらの夏に、チャンスは突然やってきました。古くからの友人から北アルプスへのお誘い。アルプスへ何度も足を運んでいる友人に対し、デビューとなるぼく。
そこで、北アルプスデビューにおすすめという、長野県にある標高2,763mの燕岳(つばくろだけ)で意見が合致します。
初めての長野、初めての北アルプス、天高くに聳える高峰から望む景色に胸を躍らせ、今夏、最高潮の山旅へ。
どうも、スラ男です。
今回は、長野県・北アルプスの燕岳を友人とともに歩いてきたのお話です。自身にとって初めてづくしとなる、緊張と興奮、感謝と感動が入り混じる、最高の体験となる旅でした。
燕岳といえば、まず初見では読めないその山名に興味が惹かれますが、何よりもその特異な景観は見る者を虜にします。緑豊かな山肌に広がる真っ白な花崗岩砂礫。
そこに林立する奇岩の様相は、まるで“アルプスの女王”と形容される燕岳を護衛する騎士団を思わせます。
■燕岳(2020年8月29日) 目次
最初の関門、駐車場争奪戦とナイトハイク
いつもは公共交通機関を駆使して登山口までアプローチしますが、今回は友人の車に乗せてもらっているので、燕岳の登山口に直接向かいます。燕岳は人気の高い山ですので、駐車場に停められるかどうかが問題でした。
前日の夜に出発し、長野県へ入った辺りでTwitterにて情報収集をすると…なんと登山口近くの第一から第三までの駐車場が0時過ぎですでに満車とのこと。駐車場で仮眠をとった後、朝早くに出発という予定が早くも狂いました。
駐車場に至る山道の入り口には警備員が立っており、現況を教えてくれます。満車の場合は、目の前にある有明山神社の無料駐車場へ誘導してくれるのですが…
ここから登山口までの始発バスが出るのは明日の朝になってから。駐車場には次々と車が吸い込まれていき、もはやそのバスに乗ることすら危ぶまれてきました。ならば登山口まで坂道を13㎞ほど徒歩で行くのは…全く現実的ではありません。
ダメもとでタクシーに問い合わせると、運よく乗ることができました。
しばし休憩の後、来てくれたタクシードライバーさんのお話を聞きながら、登山口である中房温泉へ到着。まさかのナイトハイクで山頂を目指します。
初めての山域であること、標高2,500mを超す高山であること、そして何よりぼくにナイトハイクの経験がほぼないこと。不安要素しかありませんが、この日のために持久力や筋力トレーニングは重ねてきました。
友人はナイトハイク経験者ですが、ここまでの運転の疲労もあるため、欲をかかず、ゆっくりペースで歩いていくことにします。
序盤はひたすら樹林帯の中を突き進みます。夜の森の怖さは、一人ではとても耐えられるものではありません。友人と会話を弾ませながらゆっくりとしかし確実に登っていきます。
見上げれば満点の星、振り向けば薄明の空。刻一刻と変わりゆく景色につい足が止まり、これがかえって良いペース配分となったのかもしれません。
中間地点にある合戦小屋より先は、いよいよ樹林帯を抜け素晴らしい展望が広がってきます。稜線の向こうに特徴的な山容を見せるのは、かの有名な槍ヶ岳(やりがたけ)。
どこを見ても絶景の広がる稜線に加え、今か今かと近づいてくる日の出の時。向かう先にある山小屋「燕山荘」では、その瞬間を見ようと大勢のハイカーが同じ方向を見つめていました。
朝日に映し出された八ヶ岳や富士山のシルエット、そして眼下を覆いつくす大雲海。もうこのままずっと時を止めていたいくらいの景色。少し進んでは振り返り、また進んでは振り返りを繰り返し。
あと少しで燕山荘―というところで、一瞬のできごと。朝日が顔を出す。不安や緊張が吹き飛び、笑みがこぼれました。ここまで無事に辿り着けたこと、誘ってくれた友人、山の神様、本当に感謝します。
朝焼けの燕岳、奇岩、コマクサ、そしてライチョウ
燕山荘に辿り着くと、目の前には燕岳の特異な山容が大きく迫ります。何だかもう凄すぎて、言葉を失ってしまいます。
背後には人気の山小屋である燕山荘。あちらは後で立ち寄るとして、まずは燕岳へ…向かう前に、もうしばらくここに立ち尽くしていたい。刻々と変わる燕岳の表情や、名だたる名山に四方を囲まれたこの絶景を、もう少しだけ…いや、たっぷりと!
ぼくのオトモであるたろうとも、ずいぶんたくさんの山を歩いてきました。
記念すべきアルプス初登頂のたろうは、このネイビーとなりました。「まだまだこれからだ、気を緩めるなよ」という表情に思えます(笑)
このままずっと燕岳を眺めているのも、最高の贅沢に思えてきます。
ですが、燕岳はその山容だけでなく、山頂へ至る道中にも奇岩や高山植物が目白押しとのこと。さらに、この辺りではライチョウが見られるというので期待しながらあの頂へ。
燕岳へ進むとすぐに見えてくるのが、こちらのイルカ岩。自然の力が作り出した奇岩は、確かにどう見てもイルカにしか見えません。たろうをボールに見立てましたが、イルカにどつかれたフグを再現すればよかった。
続いて見えたのが、斜面にひっそりと咲いていた、終わりかけのコマクサ。
コマクサはその可憐さから“高山植物の女王”ともいわれ、まさにアルプスの女王たる燕岳にうってつけの花です。今回は8月終盤だったため終わりかけでしたが、最盛期にはこの斜面一帯に群生するようです。
ガイドブックや登山ブログなどで見かけた風景を次々と目の当たりにし、どうしたって心が躍ってしまいます。「いやあ最高だね」なんて友人と話しながらハイマツの中を歩いていると、バサバサ!と鳥が4羽ほど。
これはライチョウでは!?
自分のカメラのズーム性能ではこれが限界ですが、ライチョウと思しき鳥がトコトコと目の前を横断していきました。じっとその様子を見送って、再び友人と「最高すぎない?」とこの幸運に感謝です。
山頂が近づいてきたところで、大きな穴が二つ空いた巨岩、メガネ岩が。イルカ岩もメガネ岩も、自分が思っていたよりもずっと巨大で、北アルプスのスケールに終始圧倒されてしまいました。
振り返ると、燕山荘までの稜線とその先に連なる山々が果てしなく続きます。ただただ凄いなぁという感想しかもてず…いや本当に、凄いなぁ。
360度の絶景が広がる、燕岳山頂に立つ
以前、何かで「アルプスは目の前に次の山が見えていてもなかなか辿り着けない、それほどに大きい」というようなことを見ましたが、確かにその通り。燕山荘から山頂までの道は思ったよりも長く、十分すぎるほど楽しめました。初めての北アルプス、標高2,763m、燕岳山頂に到達です。
この山頂からさらに北燕岳へ続いていますが、この絶景だけでもお腹いっぱい。ナイトハイク後ですので無理はせず、早朝のため静かな山頂で贅沢に時間をつぶします。
てる坊も、朝日を浴びて満面の笑み。
深田久弥さんの『日本百名山』に選ばれた山々が並びます。とはいっても、初めての北アルプスなので、正直なところどの山がどれか全くわかりません。かろうじてわかったのが、立山くらい。
これほどの絶景を山上で堪能しているにも関わらず、時刻は未だ7時前。ぼくの普段の山旅からは考えられないことです。これがマイカーの力…!
燕山荘の背後にだいぶ雲が上がってきました。名残惜しいですが、そろそろ来た道を戻ります。それにしても…うーん、唸る景色ですねぇ。
帰り道でもライチョウを探しながら。コマクサは終わりかけの個体が数株ありましたが、ライチョウはとうとう会えず。代わりにサルが登山道を横断していきました。もはや何でもアリです。
実物を見るのも初めての槍ヶ岳。遠い存在すぎて今ままでピンとこなかった山ですが、こうして間近で見てしまうと少し意識してしまいます。
おかえりなさいのイルカ岩。よく見ると槍ヶ岳と合わせて撮れるんですね。
燕山荘まで戻ってきて振り返ると、ハイマツの緑と花崗岩の白さが際立つ燕岳の美しい姿が。緑と白の組み合わせはやはり気品があって良いですね。いや、もうひと往復してもいいくらい。素晴らしい稜線でした。
お蕎麦に温泉、夏山の魅力は麓まで
そういえばTwitterなどでちょくちょく見かけたこの石像。山男という名前だそうですが、愛嬌があっていいですね。どことなくたろう感が…
燕岳の拠点となる燕山荘(えんざんそう)は、高いホスピタリティを誇る人気の山小屋とのことですが、ナイトハイクで訪れたぼくたちの利用はまた次の機会に。売店で少し買い物をし、さあお待ちかねの食事。
とはいっても豪勢なものではなく、お湯を沸かしてカップ麺をいただきます。疲れた体に沁みわたり、また絶景を眺めながらというのも最高の調味料。今まで食べたカップヌードルの中で、一番の美味しさでした。
急に肌寒さを感じ辺りを見ると、もの凄い勢いで雲が燕岳を飲み込んでいきました。先ほどまでの美しい姿が、一瞬にしてガスへ。燕岳は白い白いと聞いていましたが、まさかここまで白いとは…
大天井岳(おてんしょうだけ)を経て槍ヶ岳へ至る表銀座縦走コースも雲に飲まれてしまっています。夏山の天気は午前中までが勝負とのことでしたが、まさか8時前にガスになるとは。
山の上もガスってしまったので、8時過ぎに下山を開始します。
さすがにこの時間ですから、続々と登ってくる人たちとすれ違いが発生。行きはナイトハイクで渋滞とは無縁でしたが、こうしてすれ違いがあると合戦尾根の道の狭さがわかります。
合戦小屋は名物であるスイカを楽しみに登ってくる人も多いそう。暑い夏の日、ここまで登ってきた疲れた体には最高のご褒美に違いない。ぼくたちは下山で、しかもガスにより若干寒くもあるのでまたの機会。
ひたすら樹林帯を下っていき、夏の日光男体山を登った時のことを思い出します。標高差や登山道の様子、その他もろもろ似ている点が浮かびました。
しかし、男体山は湖畔に下りていくから下界でも涼しいのに対し、燕岳は下界に近づくにつれ灼熱の暑さが舞い戻ってきます。あ、汗が止まらない…
下りてきてみれば何だかあっという間だった燕岳登山、登山口の中房温泉まで戻ってきました。
下山後の温泉も、山旅における重要な楽しみの一つです。今回は、中房温泉湯原の湯へ。幸い、バスの時間までたっぷりとあるのでさっぱりと汗を流していきます。
脱衣所を出るとすぐ目の前に大きな露天風呂が広がり、開放感、風情、そして泉質ともにたまりません。湯原の湯、最高の温泉でした。風呂上りのコーラ、今きっと世界で一番美味しい飲み物に違いありません。
穂高駅へ向かうバスに乗り込むと、今までの疲れと安心からか、すぐに眠ってしまいました。途中、有明山神社で降りて、車を回収します。これだけ最高の山旅ができたのだから、神社にお参りも忘れずに。
さて、山旅を終えてまだ13時すぎ。友人は、下山後にその土地の名物や美味しい物を食べるのが旅の醍醐味だといいます。Exactry(その通りでございます)!
長野といったら蕎麦ということで、付近の蕎麦屋さんを探しに。なんと最寄りは、車を停めた有明山神社の目の前にありました。
こちらくるまやさんのお蕎麦は大盛りがすごいとのことですが、確かに「気狂いざる(五人前)」というパワフルなメニューが(笑)
ぼくらは普通の大盛りと、気になったので馬のもつ煮を注文。
山梨県で鳥のもつ煮は食べましたが、馬は初めてです。善光寺の七味が添えられ、もつ煮が運ばれてきました。これがめっちゃ美味い!七味の風味も良し、ネギとの相性も良し、おかわりも考えたほどです。
頼んだ蕎麦のことを忘れるほど夢中になっていたところに、衝撃の蕎麦が。まるで今しがた登ってきた燕岳のようにどっしりとしています…!
しかし、これがまた美味しくてペロリ。一人で気狂いざる(五人前)もいけるのでは?とさえ思わせます。
蕎麦も美味でしたが、ぼく自身の衝撃としては馬のもつ煮。これはまた食べたいですね。また来たら必ず。
お世話になった有明山神社を後にし、帰りのドライブでも安曇野の長閑な風景から目が離せず、お土産にリンゴを買って、高速道路へ。 もちろん、中央道の大渋滞に巻き込まれたのは言うまでもありません。
燕岳の山旅、終わりに
ぼく自身初の北アルプスは、燕岳でデビューということになりました。
燕岳の美しい山容、高山から望む雲海、朝焼け、そしてライチョウやコマクサなど高山に生息する動植物と、見たい景色が全て見られたことに驚きと感動の連続です。何より、誘ってくれた友人と、山の神様に感謝しきりです。
ですが、ナイトハイク自体は当初の予定というわけではなく、推奨できるものでもありません。十分な休息なく標高を上げれば高山病やケガといったリスクにも繋がるおそれがあります。ぼくたちは運が良かっただけというのを自覚せねば。
ですが、やはりこの絶景を届けてくれた山の神様と、ここまで連れてきてくれた友人には感謝しかありません。最高の山旅でした。
次の山旅はどこに行こうかなぁ。