栃木県の山といえば、日光や那須などの県北部に人気が集まりますが、県南の佐野や県央の鹿沼などにも魅力的な低山が点在しています。中でも、足利市のハイキング情報を見てみると、低山ハイキングへの力の入れようが伺えます。
木々が深みを増し、苔生す岩が最も味わい深くなる9月。足利市最高峰の仙人ヶ岳を目指して、神秘的な奇岩怪石をめぐる山旅へ。
どうも、スラ男です。
今回は、栃木県足利市と群馬県桐生市の境にある仙人ヶ岳(せんにんがたけ)を目指し、神秘的な巨石が累積する名草地区から縦走してきた時のお話です。
足利市は、四季の花はもちろん、歴史ある寺社仏閣、信仰や伝説を辿る道から関東ふれあいの道など多岐にわたるハイキングコースを有しています。
低山ながら素晴らしい展望やスリル満点の岩場が多いのも、足利低山の特徴といえます。
赤雪山〜仙人ヶ岳(2020年9月21日) 目次
巨石めぐりは足利駅から
まず最初の目的地である名草地区は、立派な駅舎のJR足利駅からバスを使ってのアプローチが便利です。始発バスまで時間があったので、付近にある国宝の鑁阿寺(ばんなじ)や史跡・足利学校をチラッと見に行こうとも思いましたが、今回はなかなかタフな山行になりそうだったので、またの機会で。
今回お世話になるバスは、足利市の生活路線バス「あしバスアッシー」。
足利低山をめぐるのに便利なバスで、特筆すべきはなんといってもその運賃。始発から終点まで、どんな距離を乗っていても大人一律210円!
ぼくの他にお客さんはおらず、バス車内は運転手さんとその指導員と思しき方の地元トークで賑わい、これから登る山への期待が高まります。
バスの終点である入名草バス停から、最初の目的地である名草厳島神社まで20分ほど車道を歩いていきます。長閑な田園風景に秋の気配が漂います。
可愛い川魚の看板が見えました。近くには釣り堀や名草イワナパークがあるようです。川魚好きなぼくとしては、目的地を変更してしまいそうになるほど魅力的です…!
小川のせせらぎに癒やされながら、今回の山行のスタート地点である名草厳島神社に到着です。ここから足利市街地へのコースは関東ふれあいの道にもなっておりますが、ぼくが進むのはこの奥にある名草巨石群というスポット。
“巨石群”…なんて魅力的な響きなんでしょう…!
苔生す神秘の巨石、名草巨石群
赤雪山から仙人ヶ岳の縦走と意気込んで出てきましたが、本日の山行のメインイベントはこちら、名草巨石群です。案内板に書いてある通り、特徴的な玉ねぎ風化の成り立ちが学術的に貴重とされ、国の天然記念物に指定されているのとのこと。
巨石群を見るには、神社の鳥居をくぐって鬱蒼とした参道を歩いていきます。脇には、この先の巨石を匂わせるゴロゴロとした石が転がっていました。
程なくして見えてきたのが、苔生した巨石の上に鎮座する朱色の厳島神社。手前にある、巨人と見間違えるかのような大きな石は、巨石群の中で最も大きい御供石(おそなえいし)です。その高さはなんと11m!
御供石は石の内部を通る胎内くぐりができるようですが、訪れたこの日は台風被害により通行止めとなっていました。
ところで、神様が宿る、あるいは座るための巨石を磐座(いわくら)といいますが、名草の巨石も例に漏れずその役目を果たしているようです。
足利市の伝承によれば、弘仁年間(810~824年)に弘法大師空海が白蛇に導かれ、巨石の前に農耕水源の守護として弁財天を勧請。以来、名草巨石群は磐座として人々から信仰をあつめているといいます。
巨石群には奥の院と呼ばれるもう一つのスポットがありますので、厳島神社に参拝した後は奥へ続く山道をしばらく歩いていきます。すると、巨大な石が無造作に累積している場所が見えてきました。
ここが名草厳島神社の奥の院ですが、いったいなぜこんな山奥の一角に、巨石が積み重なっているのか不思議に思います。
案内板によると、この一帯の古生層粘板岩を貫いて出てきた花崗岩が、マグマが冷え固まった時に生じる節理の働きにより玉ねぎ状に風化。さらに水流に削られて丸い形となったそう。巨石の下は弁天沢という谷間で、その伏流水には花崗岩が風化してできた黒雲母が見られるといいます。
奥の院の中でも特異な形をした巨石がこちら、まるでボートを逆様ににしたような形をしている御船石です。その近くには祠もあることから、この御船石も磐座の役割を果たしていたことが推測できます。
山奥に突如現れる神秘の巨石群…なんともロマンの溢れるスポットでした。若干見忘れてしまった巨石もあるので、それはまた次回の楽しみということで。
お次はいよいよ赤雪山へ取りつきます。
足利氏の悲しき伝説の残る赤雪山
名草から赤雪山へ取りつくには、いったん林道に出て20分ほど坂道を歩いていきます。「赤い雪の山」なんて、何だかオシャレな名前ですが…?
赤雪山登山口からは、いきなりの階段で標高をグンと稼ぎます。今まで涼しい森の中を散策していたので、ここで一気に汗が吹き出しました。
針葉樹と広葉樹がきれいに分かれた登山道を淡々と歩いていけば、最初の目印となる鉄塔の足が覗きました。と!ここでハプニング!
スズメバチです。
9月の低山で注意しなければならないことの一つに、スズメバチの活動が最も活発になるということが挙げられます。しかし出遭ってしまったので、刺激しないように、どこかへ去るのを待ってからサッとその場を後にしました。
目の前に展望が開け、そこから登り返していくと本日最初のピークである標高620mの赤雪山(あかゆきやま)に到達しました。山頂には東屋とベンチがあり、休憩適地です。
ところで、地元ではこの赤雪山を「あけき山」と呼んでいるそうですが、赤雪山の名はこの地で亡くなった足利氏の悲しい伝説に由来していました。
物語の主人公である足利忠綱(あしかがただつな)は、ムカデ退治伝説の藤原秀郷の子孫である、藤姓足利氏の5代目当主です。忠綱ら藤姓足利氏は平氏に味方していましたが、源平合戦、壇ノ浦の戦いで平氏が敗れた後、源姓である足利義兼(あしかがよしかね)の客分となりました。
しかし、義兼の妻である北条時子の侍女・藤野から、時子と忠綱が不義をしたという嘘の報告を受け、義兼は忠綱を山へ追い詰めます。忠綱はそこで壮絶な最期を遂げますが、その時に負った傷から流れた血で辺り一面の雪が真っ赤に染まったということが、赤雪山の由来だそう。
忠綱に恋をし、振り向かせるために嘘をついた侍女の藤野が招いた悲恋の物語が、ひっそりと土地の山に残っていました。
足利市最高峰、仙人ヶ岳へ
赤雪山から目指すのは、いよいよ足利市最高峰の仙人ヶ岳(せんにんがたけ)です。この区間はアップダウンが非常に多く、かといって特筆すべきピークも乏しい我慢の区間です。
そんなぼくを癒やしてくれるのが、山のカエルたち。名草では小さなヒキガエルを見かけましたが、今度は見たことのない模様のカエルです。
後で調べたら、ヌマガエルというカエルでした。本来、西日本に生息しているカエルなのですが、近年関東でも見かけることが多くなったと報告されているそうです。
さて、登山道はだんだんと露岩が多く見えてくるようになり、ここまでのアップダウンも含め、非常にハードな様相を見せています。加えて、ちょっと歩けばまとわりつくクモの巣。そして巨大なジョロウグモ。
クモの巣まみれになりながらも、仙人ヶ岳手前の急登をもうひと踏ん張り。顔を上げたゼロ距離でジョロウグモはさすがに声が出ました…
急登を登り切り、なだらかな道を桐生方面へ行けば仙人ヶ岳に到達。展望は乏しいですが、緑に包まれた静かな山頂が好印象です。
先ほどの赤雪山でも見ましたが、足利百名山というご当地百名山に数えられているようです。道中のミニプレートの多さからも、地元愛を感じますね。
そんな足利市民の親しみの山である仙人ヶ岳ですが、赤雪山と同じく、その山名に歴史や伝説を感じずにはいられません。しかし、足利市では資料を見つけられず、桐生市の山を紹介する「桐生山野研究会」には、次のように書かれています。
仙人ヶ岳の伝説
上菱の塩の瀬地区に仙人ヶ岳に因む伝説がある。三人兄弟の母親が不治の病にかかり、仙人ヶ岳の頂上にある梨の実を食べれば治ると、桐生の町で会った占い師(仙人)から三男が聞いてきた。
長男・次男は梨の実を採りに別々に山に入ったが、2人とも魔物に捕らえられて食われそうになった。仙人から兄2人の危機を伝えられた三男が仙人から授けられた矢で魔物を退治して梨の実を持ち帰り、母親の病気が治って幸せに暮らした。そして、一家は仙人ヶ岳の館石に祠を祀り、厚く信仰したという話である。
引用:仙人ケ岳
仙人ヶ岳は桐生市側に伝説が残っており、地名を見ても仙人窟や仙ヶ沢など、上記の仙人との関係を匂わせています。
一変する風景、鎖場と展望の岩尾根
さて、赤雪山から仙人ヶ岳の縦走もいよいよ下山です。下山というと「下るだけ」ということをイメージしますが、ここ仙人ヶ岳についてはそう甘くはないようです。
赤雪山からの登山道はひたすら樹林帯を歩くのに対し、仙人ヶ岳から猪子峠への登山道は、ひたすら岩尾根のアップダウンと、開放的な展望が待っていました。
展望は嬉しいですが、下山時の岩場は疲れもたまっているので堪えます…一歩一歩気を抜かないように、まずは熊の分岐を猪子峠方面へ。
マツの間を縫っていく光景は、ひと月前の北アルプス・燕岳を思い出します。
熊の分岐から10分ほど下ると知ノ岳というピークに出ました。まだ先は長く、この後にも3つのピークを登らなければなりません。これはもう下山ではない。
しかし、前半はなかった展望が開けると、やはり嬉しくなってしまいます。眼下に水を湛えているのは松田川ダムで、赤雪山~仙人ヶ岳の周回コースの起点になっています。
熊の分岐のもう一方のコースへ行けば、こんなアップダウンをせずに下山ができそうなものですが。それでもこちらを選んだのは、“犬帰り”という鎖場が待ち構えていたからです。
鎖場を覗くと、下からすいすいと上がってくるトレイルランナーの方々が。この岩尾根でトレラン!?毎回トレランさんには度肝を抜かれてしまいます。
いや、崖じゃん…(; ・`д・´)
なんとか下りきり、ホッとひと安心。鎖場は登りも大変ですが、下りだとどうしても恐怖が先行してしまいます。しかしまだまだ岩尾根が続くので、引き続き気を引き締めて。
絶好の展望台のような奇岩。横から見るとガビアルのように見えます。
また、この岩尾根は春にはアカヤシオの花が咲き、仙人ヶ岳の最盛期となるようです。栃木県はヤシオツツジの山が多いですよね。
最後のピークである猪子山から先はひたすら下るだけですが、岩尾根から突き出る巨岩に道を阻まれ、たまに行く先を見失いそうになります。YAMAPで現在地をしっかり確認し、もうひと踏ん張り!
猪子山から下り続け30分、複数の分岐がある猪子峠へ到着です。道標に従い小俣北町バス停へ向かいますが、ここは道迷いが多い分岐らしいので要注意。
岩切登山口というように、昔は石切り場だったのでしょうか?形の整った石材が積まれているのを発見しました。
無事に舗装路に出てくれば、後はバス停まで歩くだけ。始発で乗れるのはありがたいですが、本数が少ないのでそこだけ注意が必要です。帰りもあしバスアッシーに乗り、お楽しみの温泉を目指します。
やってきたのは、両毛線小俣駅から歩いて20分ほどのところにあるこちら、東葉館さん。“地蔵の湯”というのが気になりすぎて、今回のお楽しみにとっておきました。
明治末期創業の地蔵の湯は、メタケイ素を含む淡黄色の冷鉱泉。浸かればじんわりと体を芯から温めてくれる、非常に素晴らしい温泉でした。また、浴場の各所に置いてあるお地蔵様もとても可愛いのでなごみます。
極めつけは、1,100円の日帰り入浴セット。入浴後にキンキンに冷えたジョッキで出てくる生ビールに、おつまみがついてきます。ぐああああ沁みる!!!
温泉がとにかく良くて、ビールも最高。これは足利低山ハイクのお決まりにしたい施設かもしれませんね。帰りは小走りでなんとか小俣駅発の電車に間に合い、帰途につきました。
赤雪山~仙人ヶ岳の山旅、終わりに
赤雪山、仙人ヶ岳の縦走でしたが、かなり歩き応えがあり、歴史や伝説を辿るハイキングとしても非常に楽しかったと思います。
また、名草から入れば鬱蒼とした森に累積する巨石群を見るのも一興です。
今回は9月という時季を選びましたが、春や秋に訪れればまた印象ががらりと変わるでしょう。コースを変えて、また仙人ヶ岳を訪れたいと思います。
次の山旅はどこに行こうかなぁ。