日本の季節行事や昔話、歌や祭りなどでも度々登場する「鬼」という存在。天狗や河童と同じく、日本を代表する三大妖怪の一つに数えられており、真っ赤、あるいは青い体に牛のような角を持ち、虎柄のパンツという姿が一般的なイメージではないでしょうか。
鬼が登場する話で、おそらく日本一有名な物語は『桃太郎』でしょう。桃太郎といえば岡山県が本場ですが、今回は、山梨県大月市周辺に残る桃太郎伝説を訪ねながら、大月版“桃太郎の鬼退治”を体験したいと思います。
どうも、スラ男です。
山を歩いていると、数多くの歴史や神話、伝説などを目にすることがあります。それらは人里に近い低山に多く見られ、今日まで語り継がれていることに深い感銘を受けます。先の鬼もまた、山の中で出会えるものの一つです。
山梨県大月市には、駅から手軽にハイキングできる山が点在しています。百蔵山(ももくらやま)もその一つで、しばしば隣にある扇山(おうぎやま)とセットで登られます。
そんな人気のハイキングスポットに、桃太郎と鬼の伝説が眠っているというから驚きです。道中に点在する伝承地を訪ねながら、その魅力に迫ってみましょう。
桃太郎と百蔵山 目次
桃太郎の鬼退治、その物語を追う
桃太郎の物語といえば、桃から生まれた桃太郎が、きびだんごを用いてイヌ、キジ、サルを仲間にし、悪さをする鬼ヶ島の鬼を退治する…というのが誰もが思い浮かぶ簡潔な内容ではないでしょうか。
実際には、桃太郎話は全国に20箇所以上もあり、その物語や設定には微妙な差があるようです。しかし、正義の味方が悪を討ち滅ぼすという勧善懲悪のストーリーはわかりやすく、人々の記憶にも残りやすいので、現在の一般的な桃太郎の物語が通説として固まったのだと思います。
現代では川から流れてきた桃ではなく、電車に乗って冒険が始まります。まずはJR鳥沢駅で降りて、秀麗富嶽十二景(※)の一つに数えられている扇山を目指しましょう。
※大月市が選ぶ富士山の眺めが素晴らしい山々。山は12箇所以上ある。
鳥沢から扇山を目指して歩いていくと、東側に犬目という地区がありました。そういえば、鳥沢駅の次の駅は、猿橋駅。何か気がつきませんか?
そうです、桃太郎の家来たち、イヌ(犬目)、キジ(鳥沢)、サル(猿橋)の名前と地名が合致しているのです。
家来たちを仲間にした後は、桃太郎にゆかりのある山を目指します。扇山から縦走できる百蔵山は、以前は桃倉山といい、言い伝えによれば麓には桃がたくさん実っていたそう。おじいさんとおばあさんがその桃を持ち帰り食べようとしたところ、桃太郎が生まれたといいます。また、百蔵山の麓の川から桃が流れてきたとも。
さて、扇山から百蔵山の縦走で、主人公と家来たちが出揃いました。いよいよ鬼の居城・鬼ヶ島へ向かいますが、それはどこにあるのでしょう?
大月市の伝説では、この先の百蔵山の向かいにある岩殿山(いわどのさん)こそが、鬼ヶ島であるということです。
昔話に学ぶ、鬼の正体
ところで、鬼というと冒頭でも書いたイメージが一般化していますが、その起源は天狗と同じく遥か昔に遡り、また文学や仏教においても様々な形で登場しています。いずれも強い、怖い、恐ろしいといった感情や、畏敬を抱く存在として伝えられていますが、現在のイメージは、方角と鬼門が関係しているとの説もあります。
方角を十二支に当てはめると、鬼門は北東に位置し、ちょうど丑と寅の間です。鬼が牛(丑)の角を持ち、虎(寅)のパンツを履いているという姿は、この鬼門に関連づけたイメージと考えられます。
そんな鬼門=悪いものというイメージを植えつけられた鬼ですが、時には神や強い者の代名詞、幸福をもたらす存在として描かれることもあります。
岡山の桃太郎では、吉備津神社の御祭神である吉備津彦命(キビツヒコノミコト)がモデルとされおり、弓の名手で、桃を2つ同時に射抜いたことから“桃太郎”と呼ばれたそうです。鬼は温羅(うら)という名前で登場し、桃太郎との対決に敗れますが、その正体は隣国からやってきた製鉄技術を持った人間だったのです。
温羅と桃太郎には、それぞれ譲れない大義があり、単なる勧善懲悪ではないドラマが感じ取れる内容になっています。
では、岩殿山の鬼たちはどうでしょう?大月市の民話によれば、鬼たちは里人をさらったり家畜を食べていたりと、やはり単なる悪者だったようです。
岩殿山の東側にひっそりとある七社権現への登山道には、鬼の棲んでいる洞窟があります。元々、鬼は10匹いて、都留市にある九鬼山(くきやま)から逃れてきた1匹の鬼がこの洞窟に隠れ棲んでいたといいます。九鬼山の由来は、残った9匹の鬼にちなむということです。
大月桃太郎伝説の残る史跡を歩く
家来を連れて、勇猛果敢な桃太郎の物語を辿っていますが、鬼もやられっぱなしではありません。鬼の杖と呼ばれるスポットには、鬼退治を再現したジオラマが設置されています。百蔵山で桃から生まれた桃太郎が、犬目のイヌ、鳥沢のキジ、そして猿橋のサルとともに鬼と対決しているシーンです。
上述した方角の例えを出すと、イヌ(戌)、キジ(酉)、サル(申)も十二支に当てはまり、鬼門となる丑寅と反対の方向に位置します。鬼に対抗するために選ばれた動物たちと考えることができます。
また、桃は古来より邪を払う霊薬と知られ、不老不死の象徴ともされます。鬼という魔物に対して、桃太郎一行は聖なる力と対抗する力を持った面々で構成されていた…というと、ほのぼの昔話の域を越えてしまいそうですが。
対する鬼は、あまりにも巨大で山を跨ぐほどの姿をしています。鬼は、桃太郎一行に向かって両手に持った巨石を投じました。一方は笹子の集落に落ち、もう一方はこの地に深く突き刺さりました。この時、地面が激しく揺さぶられたので、この地を「石動」と、石を「鬼の杖」と呼んでいます。
それでも怯まない桃太郎から逃げようと、鬼は山を跨ごうとしたところ、股が裂けてしまい血が吹き出します。その血が染み付き赤土となった場所を「鬼の血」と呼ぶそうです。
桃太郎伝説を振り返って
ドンブラコと桃が流れた川、鬼が跨いだ山、そして桃太郎ゆかりの山が一望できる百蔵橋の上から、大月桃太郎伝説を振り返ります。
町にひっそりと、しかし確かに存在感を持って残っている伝説の数々。実際に歩いてみると、そこには確かなロマンが感じられました。
桃太郎は昔から現代まで、様々なエピソードを加えて語り継がれており、敵役として登場する鬼もまた、「悪」だけではなく、多様な側面を持って畏れを抱かせる存在であり続けています。
これからも、桃太郎の物語が、絶えず語り継がれてほしいと願います。
■桃太郎と鬼を訪ねる山旅記事はこちら