神奈川県の北西部に広がる人気の登山エリア、丹沢山地。雨乞い信仰で親しまれる大山や、稜線の展望に思わず息を呑む塔ノ岳、そして山地の西側には深山の雰囲気を漂わせる山々が潜んでいます。
また、奥多摩や秩父よりも富士山に近いため、多くの山々から富士山の迫力ある姿が期待できるのも特長です。
今回は、丹沢山地の西側の盟主と呼ばれる檜洞丸(ひのきぼらまる)にて、師走の慌ただしさを忘れるほど静かな空気を味わった時のお話です。
どうも、スラ男です。
12月中旬、すっかり紅葉も終わり、草木が眠りにつき始める頃を狙って西丹沢の檜洞丸へ行ってきました。日照時間が短くなるこの時季は、日帰りであるなら早い段階での下山が望ましく、欲張ることのないような行動計画を立てたいところです。
今回訪れた檜洞丸も、大室山や加入道山と合わせた縦走や、丹沢主脈を絡めた長距離縦走のレポートもネットで見かけます。すごいなぁという憧れこそあれ、ぼくは無理のないよう檜洞丸だけを歩きます。
ということで、冬の静寂の中、人気の表丹沢よりもっと山深い西丹沢の魅力に迫る山旅が始まるわけです。
■檜洞丸(2018年12月15日) 目次
冬の静かな西丹沢、富士山は見える?
前述の通り丹沢は富士山に近いため、富士山がよく見える場所が多いです。早朝の新松田駅の構内からも、写真のように富士山の案内がありました。さて、今日はどうでしょうか?
薄っすらと朝焼けに染まる富士山がバッチリと見えました。
12月は1年の終わりということもあり、なぜだか富士山が見たくなる気持ちがあります。今日一日は期待できそうです。
新松田駅から西丹沢エリアを目指す場合は、駅を下りてすぐのバス乗り場に並びます。ツツジやブナ人気の山が多いので、新緑や紅葉の季節であれば長蛇の列は火を見るより明らかですが、この時季でも結構並んでいましたね…
西丹沢行きのバスにはお得な往復券がありますが、中でも別格の券があります。それがこちら「西丹沢温泉セット券」です。
丹沢湖を過ぎてしばらくあたりにある中川温泉ぶなの湯の入浴券がついたセット券なのですが、この日は冬季割引か何かで通常価格よりも安くなり、実質無料で温泉に入れる計算です。意味がわかりません。※2018年12月時点
この券は新松田駅バス停の駅前窓口にて販売しておりますので、オススメです。
大勢の人がバスに乗り込み、終点の西丹沢ビジターセンターを目指して出発です。道中はあちこちに寄り道したり、狭い道を譲りながらの移動となるので、この一時間弱の乗車時間が最初の関門かもしれません。
ビジターセンターに到着すると、すでに空気が違います。よく澄んでいるというか、よく言う「空気が美味しい」というやつです。
センター内には登山道の状態や、花期であれば開花情報などがチェックでき、ぼくもトイレと登山届を済ませたら出発します。
ビジターセンターから檜洞丸を目指す場合は、まずは舗装路を真っ直ぐに歩いていきます。西丹沢ではミツマタがあちこちで見られ、道路脇にあるミツマタの蕾が春を待ち焦がれていました。
右手側に檜洞丸の登山口が見えてきました。ぼくは過去に同角山稜からの下山でこの道を歩きましたが、登りは初めてです。さてどんなものか。
空気も冷たく、土や落ち葉を踏む音、呼吸の音以外は静まり返った山の中。春には眩しい緑と賑やかな鳥のさえずりを想像しながら、眠りについた山を歩いていきます。
以前歩いた時は11月でしたから全く気が付きませんでしたが、この辺りミツマタの群生地ですね。蕾のミツマタがトンネル状に並んでいます。
2018年3月にはミツマタをテーマに、丹沢湖の西にあるミツバ岳(大出山)を訪れましたが、ここ檜洞丸もミツマタが賑わう山のようです。
途中、開けた場所からは立派な山容の山が見えました。位置的にあの辺りにあるのは畦ヶ丸かなと思いましたが、それよりも手前の権現山だと思います。
ゴーラ沢の手前で大きな倒木が行く手を阻みます。大正時代の関東大震災と降雨や増水により、丹沢山地では多くの場所で崩壊が見られます。現在でも崩壊が続いている場所もあるそうで、もしかしたら近い将来歩けなくなるところも出てくるのでしょうか…
薄暗い樹林帯を抜けると、一面に真っ白い岩石が転がるゴーラ沢出合に出てきます。沢を挟んで右斜め前方に登り口がありますが、橋などはなく渡渉しなければなりません。
ぼくはまだ経験しておりませんが、増水時は渡渉箇所が不明瞭となり、足元を濡らしてしまう危険があるそうなので、雨上がりは避けたほうが無難なようです。
ゴーラ沢出合からは、ロープや鎖を使ういきなりの急登に喘ぎ、その後もじわじわと登りが続きます。
春であればツツジで賑わうこのツツジ新道ですが、写真のように細く抉れた崩落地を歩くこともあるので油断はできません。
ゴーラ沢から登り続けること30分で、富士山の見える展望台へ到着しました。
期待を膨らませて振り返りましたが、気がつけば富士山は雲の中。見えていればここで小休止とも思いましたが、やはり人気の休憩場所なのか混み合ってきたので先へ進むことにします。
西丹沢の盟主・檜洞丸とブナ林
この時季は登山道に霜柱が目立ち、幼い頃に冬のキャンプでサクサクと踏む音を楽しんだ記憶が蘇ります。山登りの最中は滑るので避けますが。
後ろ歩いていたご夫婦から、「あれ南アルプスかな」と聞こえたので、ぼくも立ち止まって見てみます。落葉した広葉樹の隙間から遠くの山が望めるのも冬ならでは。
しかし、ぼくは日本アルプスに行ったことがないので、いまいち何アルプスの何山かがわかりません(;´Д`)
眠りについたブナ林を黙々と登っていくと、ハシゴがありました。ツツジ新道ではハシゴは一箇所ですが、同角山稜ではハシゴやロープ、鎖場が次々に出てきたことを思い出します。また歩いてみたいコースです。
檜洞丸まであと1kmを切ったあたりから、急な登りも落ち着き、山頂まで緩やかな木の階段と、丹沢名物ともいえる木道が続きます。
開けた場所で一息ついて振り返ると、思わず「おお!」と声を出すほどの景色が飛び込んできました。富士山は相変わらずですが、山深さを感じる大満足の景色ではないでしょうか。
石棚山との分岐から先は未踏の領域です。山頂まではあと0.6km!
バイケイソウの群生地を線路にように敷かれた、トントンと小気味良い音が響く丹沢の木道。うまい具合に歩幅が合いませんが、登山道の状態が悪い時はこの木道のありがたさを噛みしめます。
次に歩く時は、バイケイソウと青々としたブナ林の景色が見たいところです。
山頂直下では、立ち枯れたブナの木も見えました。調べてみると、檜洞丸だけではなく丹沢山地全域でブナ林の衰退が問題になっているようです。
かつてはブナの原生林が広がっていた丹沢山地ですが、1990年代頃からの大気汚染やブナハバチによる害虫被害、そして暖冬がもたらした水不足が連鎖的な原因として積み重なり、今日に至るとのことです。
ところで丹沢といえばシカが有名ですが、ブナの樹皮や冬芽などを採食するシカも増えすぎると森にとっては厄介者。暖冬の影響でシカの生息が拡大し、植生保護柵の設置や個体数調整など様々な対策が行われているそうです。ちなみに、ぼくは丹沢でまだシカを見たことがありません。
■丹沢のブナについて
10時50分、檜洞丸の山頂に到達しました。思っていたよりも広めの山頂で、休憩用のベンチ、テーブルがいくつか設置してあります。
この先、丹沢最高峰の蛭ヶ岳、丹沢山、塔ノ岳ら丹沢主脈へと繋がる縦走路が続いています。コースタイムは10時間超えという恐ろしいところです。
さて、時間もちょうどいいところで、本日の山ご飯もこちらトムさん。ぼくは山の上でも元気をくれるこのトムヤムクンヌードルに敬意を払って「トムさん」と呼んでいます。
今回は忘れずにハシを準備してきています。寒空の下、割り箸でいただくトムさんは、木の枝で食べた時よりも数倍美味しく感じられました。
暖かいカップラーメンを食べて体力を回復した後は、大展望の待つ犬越路へと向かいます。
絶景と緊張感の漂う稜線、犬越路
檜洞丸からの下山は、これまで以上に富士山や南アルプスの展望が広がる犬越路へ。しかし、この犬越路へ向かうコースは鎖場や危険箇所が多いとのことで、過去に何件かの滑落死亡事故も発生しています。
そんな危険と隣合わせの犬越路へ少し進んでみると、まるで空中に浮かんでいるかのような、開放感溢れる絶景が飛び込んできました。
正直、崩壊地に整備された階段に立つと緊張からか震えがきましたが、その緊張感を忘れずに一歩ずつ稜線を歩いていきましょう。
階段の急降下を終えると、笹に覆われた稜線のアップダウンが続きます。道幅が狭いので、ハイシーズンなどはあまり通りたくないなという感想です。
20分ほど歩くと、さっそく一つ目の鎖場が現れました。
鎖場を過ぎると、正面に富士山の姿が…まだ雲の中でした(;´Д`)「まあ見えなくてもいいか」と、気持ちを落ち着かせて再出発です。
ツツジ新道の急登に比べれば穏やかなアップダウンではありますが、道のぬかるみが目立ち、足を取られないように注意が必要です。
お!?
富士山の雲がだんだん取れてきました!しかし、これで浮かれてスキップなどすれば滑落するので、さらに気を引き締めていきます。
進んでいくにつれ、ハシゴや岩場などの急降下が増えてきました。穏やかなアップダウンだと言ったな。あれは嘘だ。
目の間にどっしりと構えるのは大室山(おおむろやま)です。南面は植林による常緑樹が目立ちますが、山頂付近は特にブナの自然林に覆われているそうなので、ぜひ新緑の頃などに歩いてみたいところです。
よく見ると、左下の鞍部に犬越路の避難小屋が見えました。結構遠い…
思っていたよりも鎖場がないなぁ、と感じた矢先、荒々しい鎖場が登場しました。
緊張の鎖場を下りると、またまた鎖場です。終盤になってから鎖場や岩場が連続してきますので、やはりこのコースはずっと気が抜けません。
おおお~~!!
ついに富士山の雲がほぼ取れたので、少しだけニヤけてしまいました。
鎖場を越えた後は、犬越路まで緊張の糸が切れないようにブナ林のアップダウンを歩いていきます。
絶景と緊張の稜線を越えて、ようやっと犬越路(いぬごえじ)に到着しました。西丹沢には武田信玄ゆかりの中川温泉がありますが、ここ犬越路にも武田家の伝説が絡んでいるんですね。
犬越路避難小屋は綺麗に整えられており、トイレもあるのがありがたいです。
後は用木沢を下っていくだけですが、ここで怪我してもつまらないのでおにぎり休憩をば。緊張による疲れからか、ここからさらに大室山、加入道山まで縦走するという気には全くなりませんでした。
信玄公の隠し湯、西丹沢おなじみのぶなの湯へ
西丹沢の水は本当にきれいです。往路のゴーラ沢でもつい足を止めてしまいましたが、用木沢でもしばらく水を眺めてしまいました。
緑の豊かな時季であれば沢沿いのコースを下るのは楽しいですが、水量も少なく乾いた景色の冬だと淡々と歩いてしまいます。
枯れた沢を右へ左へと歩くこのコースは、道も荒れ気味なので立ち止まることもしばしば。登りだとわかりやすいのかもしれませんが…
今日初めての針葉樹林帯です。西丹沢に来ると本当に目にする機会が少ない気がします。
いつか大室山に登るのであれば、ここ用木沢コースを登りに使いますので新緑の風景が楽しみです。ぼくは絶対この辺りで足を止めてしまいます。
黙々と下って50分ほどで用木沢出合に到着しました。これで檜洞丸を無事に下山です。あとはビジターセンターまで戻ってバスに乗り、お楽しみの温泉が待っています。
西丹沢には多くのキャンプ場があり、ビジターセンターまでの道にもいくつかのキャンプ場を横切ります。なんかこの辺りヤギのにおいがするなぁなんて思っていたら、本物のヤギがいました!
動物のいるキャンプ場っていいですよね。ぼくは秩父のキャンプ場でブタにエサをあげるのが好きでした。
ビジターセンターにたどり着いたのは14時10分頃。次のバスまで30分ありますが、センター内の休憩スペースで時間を潰せます。
有名な登山漫画と一緒に『山と食欲と私』が並んでいました。ぼくはまだ山ご飯にはチャレンジできていませんが、愛読している作品です。
時間がきたのでバスに乗り込み中川温泉を目指します。この時間だと乗客も少なく問題なく座れました。20分ほど揺られてぶなの湯へ到着です。
案内板にもありますが、早くから温泉に目をつけた武田信玄には本当に感謝です。いつか信玄の隠し湯めぐりもしてみたいものです。
そういえば、ぶなの湯に入るのはこれで3度目ですが温泉セット券を使ったのは今回の山旅が初めてでした(笑)相変わらず気持ちの良い湯で疲れと汗を流し、お土産にみかんを買ってまたバスを待ちます。座れるといいんですが…(;´Д`)
やっぱり冬だからでしょうか、途中乗車でも無事に座ることができました。高尾山や秩父などでは帰りの駅付近でも遊ぶことができますが、山深い西丹沢からの帰りではその余裕がないのがネックとも言えます。
家路までの鈍行で読書をと思っていましたが、ガタゴトと揺れる電車と相まってさすがに眠くなってしまいました。
檜洞丸の山旅、終わりに
終わってみれば、非常にコンパクトな内容でまとめられたと実感している今回の山旅。あちこちへと欲張らなかったのが良かったのかなと思います。
檜洞丸の最盛期はおそらく新緑の頃でしょうが、空気の澄んだ冬は大展望が期待できます。特に犬越路までの稜線からの展望はまさしく絶景と言えます。
しかし、檜洞丸や犬越路では滑落事故も多く、2018年5月にはわずか4日間で相次いで滑落事故が起きてしまい、死亡者も出てしまいました。
ブナやツツジなどの瑞々しい植物、そして清冽な水が魅力の西丹沢。山深いゆえに決して簡単な気持ちで登れる場所ではありませんが、その人気の理由も納得の山旅となりました。
さあ、次はどこに行こうかなぁ。
■新緑の時季には畦ヶ丸へ
■ミツマタの時季にはミツバ岳へ