月イチの山旅を基本としているぼくにとって、毎年一番頭を悩ませるのが春の楽しみである花見の山旅です。4月上旬の桜、中旬のツツジ、そして下旬に新緑を迎えての山旅が楽しめるため、どこに狙いを定めようかといつも迷ってしまいます。
今年はツツジが見たいなぁと情報を集めていると、埼玉県飯能市にある蕨山(わらびやま)が目に留まりました。蕨山がある名栗湖周辺では、沢登り気分が楽しめるという棒ノ嶺(棒ノ折山)が特に人気だそうですが、蕨山の強みはツツジ科の花が咲き乱れるところにあります。
蕨山がいいなぁ、でも棒ノ嶺も行きたい。そして、このふた山を結んでいる都県境尾根もまた、この時季ツツジをはじめとした春の花で賑わうとのこと。そこで今回は、春の奥武蔵を舞台に棒ノ嶺からツツジに彩られた蕨山を縦走してきた時のお話です。
どうも、スラ男です。
4月の山旅は奥武蔵・秩父エリアを訪れることが多いので、なんとなくツツジのイメージが定着しつつあるのですが、この蕨山は事実ミツバツツジとアカヤシオの咲き乱れるツツジの山でした。
そんな蕨山のアカヤシオを見るためには、名郷バス停を起点としたコースが一番手っ取り早いです。しかし、蕨山の南方に位置する都県境尾根でもアカヤシオが見られるというので、ぼくは棒ノ嶺を起点とした名栗湖周回コースに挑戦してみました。
この名栗湖周回コースは、全行程20km超、コースタイムどおり歩けば10時間以上はかかるというロングコースです。飯能駅を公共交通機関の始発で発ったとしても下山時刻は夕方に突入してしまうため、コースタイム以上の速さかつ、それを維持する体力が必須とされます。
そんなロングコースのお目当てであるアカヤシオは、ヤシオツツジの一種で淡く丸みを帯びた姿が可愛らしく、岩場の斜面から伸びるように自生しています。北関東で多く見られ、栃木県では県花に指定されており、群馬県では赤城山で特に多く見られることから「アカギツツジ」の別名がついています。
また、西上州から秩父にかけて岩山が多い山域でも多く見られるそうなので、ぼくが思う秩父=ツツジというイメージもあながち間違いじゃないかもしれません。
ということで、沢登り気分の冒険感溢れる棒ノ嶺からツツジの蕨山まで、20kmを超えるタフな縦走の山旅が始まるわけです。
■棒ノ嶺~蕨山(2019年4月20日) 目次
迫りくるゴルジュ帯、棒ノ嶺・白谷沢コース
4月20日の朝、いつものように始発電車に揺られて着いたのは、飯能駅。宮沢湖付近に新しくできたムーミンのテーマパークに合わせて、駅構内も北欧の雰囲気が出るようにと改装工事が進められていました。
ぼくが飯能駅に来たのは、去年の秋に大寝坊をかました飯能アルプスの時以来。地元の名産である西川材などを使用して、木の温もりが心地よいきれいな駅にすっかりと様変わりしていました。
駅から目的地である棒ノ嶺がある山域に行くには、北口のロータリーでバスを待ちます。土日のバスの始発時間は7時10分ですが、さすがに1時間前から並んでいる方はぼく以外にはいないようです。
6時45分すぎあたりから続々とハイカーさんが駅から流れてきて、最終的には満車状態となりました。
乗り込んだバスは、飯能市を舞台としたアニメ『ヤマノススメ』のラッピングが施されており、また、飯能市市民会館で舞台公演もあるらしく、駅前でハイカーを待ち構えるようにチラシを配っている職員さんがいました。飯能市のヤマノススメへの熱の入れようが伺えます。
ぼくは棒ノ嶺へ向かうので、さわらびの湯でバスを降ります。まだ半数以上のハイカーを乗せたバスは、おそらく名郷までノンストップでしょう。それほど名郷を起点とした春の蕨山が人気だということです。
さて、蕨山は後のお楽しみにとっておき、まずは棒ノ嶺を目指します。
バス停には名物・なぐりづえが置いてあり、ストックとして借りることができます。ちなみに、「殴り杖」ではありません。「名栗杖」です(笑)
さわらびの湯バス停から車道へ戻り、坂道を登ること10分ほどで有間ダムです。このダムからこれから歩く名栗湖外周の山並みを望むことができ、朝の快晴からそれはきれいな緑と青空が見られるとぼくは確信していましたが…?
青空などなかった。
おかしいですね…バスに乗っている1時間ほどで一体何があったのでしょう。
前半は薄暗い沢沿いを歩くため、この際天気はどうでもいいです。後半に晴れてくれることを願い、登山口で登山届を提出していざ出発!
奥武蔵の山らしく、ゴツゴツした岩混じりの渋い登山道が続きます。カジカガエルの看板を見て、ついカエル探しに気を取られそうになりますがまだ4月でした。
この白谷沢コースは、いくつかの滝と、フランス語で「のど」を意味するゴルジュが名物のようですが、最初に出てくる藤懸の滝を見送ると、行く手を阻むようにさっそく第一のゴルジュが現れました。
第一のゴルジュを超えていくと、次なるゴルジュがまた現れます。まるで天然のアスレチックをしているような、子ども心をくすぐられます。
このゴルジュ帯が白谷沢コースの核心部で一番歩き応えのある場所なのですが、増水時は濡れる、滑るで危険だそうです。
ゴルジュの先には鎖場が待っていました。結構急な鎖場ですから、混雑時は鎖場渋滞が予想されます。朝一番ではすんなりと通過できました。
ゴルジュ帯を超えると最後に白孔雀の滝がありましたが、初めてのゴルジュが面白すぎたので滝のほうは印象に残りませんでした…
しかし、鬱蒼と生い茂る樹林が日差しを隠し、なおかつ沢沿いのため夏場でも涼しそうな白谷沢コース。おまけに岩場のアスレチックも体験できるから、その人気も納得のコースでした。
棒ノ折山?棒ノ嶺?山名の由来と春の花
棒ノ嶺の白谷沢から続く登山コースは、実に変化に富んでいます。序盤はゴルジュ帯を歩き、いったん林道を挟んでからはスミレやカタクリなどが咲く、花の道に変わります。
花を愛でながら高度を稼いでいくと、根っこと岩が入り乱れる尾根歩きとなり、やがて立派なヤマザクラの立つ山頂へと到達します。
文章で綴るのは簡単ですが、実際に歩いてみると後半戦の急登はなかなかに堪えるので、前半のゴルジュではしゃぎすぎないようにしたいものです。
カタクリの自生地にはこんな看板も。上手い!
棒ノ嶺の交差点とも言える岩茸石が見えました。ロッククライミングとは言い過ぎですが、この岩の上に登れるみたいです。
付近ではミツバツツジがちらほらと見えるようになってきました。
沢沿いでもぽつぽつと見かけたミツバツツジですが、この辺りだと少し早かったのか、あるいは、4月上旬の季節外れの雪のせいかもしれません。あの雪のせいでだいぶ花期に乱れが生じたはずです。アカヤシオは無事でしょうか。
段差の激しい丸太の階段に喘ぎ、ゴンジリ(権次入)峠はもうすぐです。
ゴンジリ峠は広々としておりベンチもあるので、休憩に好適な場所です。あとひと登りで山頂ですが、これまでが急登でしたから、いったん呼吸を整えるのに嬉しい場所です。
根っこの入り乱れた登山道を登っていくと、カヤトの名残を思わせる山頂への入り口、そして広々とした棒ノ嶺(ぼうのみね)へとたどり着きました。
棒ノ嶺山頂からは、遠く谷川連峰や日光連山まで見渡せるそうですが、いやはや、これはこれで水墨画のようで味があります。展望はまたの機会で。
さらに追い打ちをかけるように、山頂のヤマザクラも一週間早かったためまだ蕾の状態でした。二兎を追う者は一兎をも得ず、これは教訓です。
なればこそ、より一層アカヤシオには期待せざるを得ません。
ところでこの棒ノ嶺。山頂には埼玉県の「棒ノ嶺」という山頂標のほかに、東京都の「棒ノ折山(ぼうのおれやま)」という山頂標もあります。
山名の由来を調べてみると、その昔この山の山頂はカヤトに覆われていたそうで、その草ぼうぼうのカヤトがある尾根だから、「ぼうの尾根」。そして、それが転訛して「ボウノオレ(棒ノ折)」、「ボーノレー」となり、今日呼ばれている「棒ノ嶺」と当てられたのだろうと、『分県登山ガイド 埼玉県の山』の著者、打田鍈一さんは推察しています。
ほかにも、鎌倉時代の武将・畠山重忠が山を越える際に、持っていた杖がこの山で折れたという故事にちなむ説もあるそうです。
いずれの説も歴史とロマンを感じさせますが、ぼくは埼玉県側から登ってきたので、埼玉県の山頂標のとおり「棒ノ嶺」で呼称を統一したいと思います。
エネルギー補給にと、カントリーマアムのプロテインバーをパクつきながら、次に待つ都県境尾根のアカヤシオに思いを馳せるのでした。
アカヤシオを訪ねて、静かな都県境尾根へ
棒ノ嶺の山頂は東京都と埼玉県の都県境にあり、南に行けば高水三山を混じえた奥多摩方面への縦走も可能です。しかし、今回は都県境尾根をさらに西へ、蕎麦粒山方面へと足を伸ばします。
針葉樹の植林が広がる東京側に対し、埼玉側は広葉樹の自然林が広がります。
平坦な尾根道を進んでいくと、ほどなくして名栗湖への分岐点、槇ノ尾山にたどり着きました。全く山頂感はないので、素通りしてしまいそう。
槇ノ尾山からしばらくは、右手側にカタクリがぽつぽつと咲いていました。
山の麓では新緑の眩しい4月中旬ですが、標高1000m前後ではまだ寒々しい様相です。しかし、代わりに見通しがよく、ちょうど青空が戻ってきたおかげでこれから向かう蕨山方面の山容がしっかりと見えてきました。
気持ちの良い青空の下に広がる自然林の尾根に入ると、乾いた景色の中でひときわ目立つ濃いピンク色がぼくを手招きします。ミツバツツジ、ようやっと求めていた花付きのものに出会えました。
再び針葉樹の植林帯へと戻り、前方にハイカーさんを発見します。白いハチマキとダブルストックが印象的なこちらのお方は、棒ノ嶺の第一ゴルジュの辺りで見かけた方でした。
都県境尾根の特徴としては、序盤はなだらかな道が続くのですが、途中にこの急下降と登り返し、そしてこの先のクロモ山から日向沢ノ峰への急登がなかなかに堪えます。
特に、日向沢ノ峰への登りは標高差450m近くもあるので、慎重に臨みたいところです。
お目当てのアカヤシオは未だ見られず、もしかしたら先日の雪で既に花が散ってしまった…!?というパターンも想定しつつ、ミツバツツジとアセビに元気づけられての登山道が続きます。
…と思っていたら、いよいよ心臓破りの急登が現れました(;´Д`)
体力温存のため、牛の歩みで登りきると赤い帯の巻かれた木が見えました。どうやらこの小ピークがクロモ山のようです。この先にある山ナシ山も、同様に赤い帯が山頂の目印となります。不思議な山名が気になります(笑)
クロモ山を過ぎると、道も痩せ細り岩場の雰囲気を醸し出してきます。すると、岩から斜面へ伸びた枝の先、ピンク色の花に気が付きました。
本日初めてのアカヤシオです。よかった、ようやっと出会えた!(*´∀`*)
その後もアカヤシオが点々と出てきます。もう少したくさん咲いているのを想像していましたが、花のタイミングは本当に難しいですね。
鉄塔のある開けた場所に出ました。南面には川苔山が近く山深さを感じますが、一方で北面にある有間山稜では、すぐ下に林道が見えておりなんとも不思議。
鉄塔から20分ほど、最後の登りを終えると、ぽっかりとウロの空いた巨木が現れました。この辺りのヌシのようにも見える、存在感のある巨木です。
ウロを覗いてみると、なんと木霊もいました。
分岐からも見えるピークが、本日最高峰の日向沢ノ峰(ひなたざわのうら)です。峰と書いてうらと読む、なぜなのでしょう?
川井駅から続く大丹波川沿いには日向、上日向というバス停留所がありますから、もしかしたら日向を流れる沢の裏側にあるから…?う~ん…
静寂に包まれた日向沢ノ峰でおにぎりを食べて、いよいよ後半戦となる有間山稜、そしてツツジの待つ蕨山へと向かいます。
アカヤシオとミツバツツジの蕨山
奥多摩深部の日向沢ノ峰から有間山稜へ向かうには、まずはこの開放的な防火帯を歩いていきます。雲取山のブナ坂を彷彿させる、気持ちがいい尾根です。
と思っていたら、ものの5分もしないうちに分岐が来てしまいました。右側に小さく見える道標の先が有間山です。それにしてもオハヤシの頭とは、またもや不思議な山名です。
途中にある鉄塔からは、先ほどまでいた日向沢ノ峰手前の鉄塔が見え、左に流れるとこれまで歩いてきた稜線がわかります。でもまだ半分…
オハヤシの頭から正味30分で、ヒルクライムで人気の有間峠へ到着です。
この有間峠へ至る林道広河原逆川線ですが、4月時点では工事のため通行止めの措置がなされておりましたが、県の森林管理道の情報によると2019年5月下旬に解除されたみたいです。
事前に森林管理道の担当部署に問い合わせてみると、峠から有間山へ通じる登山道の通過については問題ないとの回答でした。
■森林管理道について
アップダウンを刻みながら有間山稜を歩いていきますが、都県境尾根でちらほらと見た花々が全く見られません。しかし、稜線は広葉樹に覆われておりますので、新緑や紅葉の時季だと気持ちよさそうです。
タタラノ頭というピークで小休止。こんなに奥まった場所ですが、2名のハイカーさんがここで休憩していました。蕨山と縦走でしょうか。
さわらびの湯から登り続けて5時間半、13時40分、有間山に到達です。
立派な山頂標があるためここが有間山の山頂と思いがちですが、有間山は先ほどまで歩いていた有間山稜のことを指し、最高峰がタタラノ頭、そしてここは橋小屋ノ頭というピークなのです。
蕨山は目前か…と思いきや、いったん下ってからの登り返しが待っていました。下りきった鞍部の逆川乗越では、なんと登山道から外れた斜面を駆け抜ける野生動物を目撃します。イノシシにしては頭の位置が高く、シカにしては首が短い、となるとカモシカの可能性が高く、いずれにせよ心臓が止まる思いでした(;´Д`)
本日のルート最後の登りを噛み締めていると、朽ち果てた山頂標?がありました。破損していますが、おそらく「本当の蕨山」でしょう。
というのも、蕨山もまた複数の山頂があるからです。先ほどの場所が最高点であり、名郷への分岐付近が原点、そしてこの先に山頂標のある展望台があるのです。
有間山稜からここまで、まるきりアカヤシオのアの字も見かけなかったため、名郷から登ってくるルートにすればよかったかな…とも思ってしまいます。
ですが、蕨山展望台には期待通りのアカヤシオが待ってくれていました。
14時すぎだからか展望台には2名ほどしかおらず、静かに花見が楽しめました。青空とアカヤシオ、このためにぼくはここまで歩いてきたのです。
ここで大休止…といきたいところですが、蕨山からさわらびの湯までの下山はなかなか時間がかかります。ここに到達した時間によっては名郷への下山も考えていましたが、時間、体力ともに普通に歩けば問題なさそうです。
ところが、この蕨山からさわらびの湯までのハイキングコースこそ今回の山旅のハイライトだったのです。アカヤシオとミツバツツジが咲き乱れ、土色の登山道を明るく彩ります。
ベンチのある藤棚山を通過し、薄暗い植林帯を歩いていてもパッと目に留まる鮮やかなミツバツツジ。目に留まりますが足も止まってしまうのは困ります。
目の覚めるような鮮やかさ。ツツジの蕨山、間違いないようです。
ツツジの群生に別れを告げて、いよいよ名栗湖が近くなってきました。あれほどツツジ一色だった頭の中も、もう下山後の温泉でいっぱいです。
15時45分、さわらびの湯からの登山口でホッとひと息。
土日はもちろん、花や紅葉の時季などは大混雑と噂のさわらびの湯ですが、今回は訪れた時間が時間だったせいか、混雑もなくゆったりと汗を流すことができました。木の温かみと、広々と足を伸ばせる内湯が特に気に入りました。
お土産はコレで決まりです。飯能市でも手に入るんですね(笑)
温泉で山旅の疲れを吹き飛ばし、時間まで少し早いですがバス停へ。偶然にも臨時便が来てくれたので、ちょっとだけ早めに帰ることができたのは嬉しい誤算です。
帰りの鈍行電車で読みかけの本を開きましたが、さすがに眠気が…ウトウトしながら家路へと向かい、本日の山行は無事に終わりました。
棒ノ嶺~蕨山の山旅、終わりに
棒ノ嶺から都県境尾根を経て蕨山へと向かうロングコースでしたが、お目当てのアカヤシオ、ミツバツツジも見ることができてよかったです。
ただ、名栗湖周回コースは一つひとつの場所をゆっくりと見ていく時間が厳しいのがネックです。やはり棒ノ嶺も蕨山も、別々に登ったほうがより充実した内容になるのではないかというのが正直な感想です。
そして今回見送った蕎麦粒山方面も気になるところなのですが、こちらは奥まった場所にあるためアプローチの難しさが課題です。次回またツツジを見るなら、蕨山とは分けた山行にしたいところです。
アカヤシオは花期が短いため、土日に満開を狙っていくのは非常に難しいです。ですが、またいつかの春に出会いたい、そんな魅力溢れる花でした。
さあ、次はどこに行こうかなぁ。