『桃太郎』といえば、誰もが知っている日本昔話の一つです。その物語を要約すると、桃から生まれた男の子がきびだんごを持って犬、雉、猿を仲間にし、鬼ヶ島へ鬼退治に行く…というものです。
この桃太郎の基本ともいえるあらすじは有名ですが、日本各地にはこの物語になぞらえた伝説などが口承文学として残されております。それらは必ずしも上記の基本の物語ではなく、神話が舞台だったり、中には桃太郎が女の子だったというものまで様々です。
ぼくは特に、桃太郎で有名な岡山県に伝わる『温羅伝説』 に強く心を打たれました。それは、桃太郎のモデルとも言われる吉備津彦命と、製鉄技術を持った温羅(うら)という一族の戦いを描いた物語なのですが、それはまた後ほど。
さて、前置きが長くなりましたが、今回は山梨県大月市が舞台です。大月市といえばの秀麗富嶽十二景を絡めて、市内に散らばる桃太郎伝説と地元の方の優しさに触れてきた時のお話です。
どうも、スラ男です。
3月下旬の山旅は、月を跨ぐギリギリまで待って桜の開花に合わせた計画を練っていました。しかし、麓では満開となっていても、山の上ではまだ蕾だったりと、調整が難しいところなんですよね。なので今回は麓の桜のみに焦点を合わせます。
麓の桜を見るだけならわざわざ山登りをする必要もないのですが、その遠回りこそが必然的に旅を面白くする要素だとぼくは思います。簡単に手に入ってしまうお宝よりも、苦労をしてたどり着き手に入れたお宝のほうが感慨深いじゃありませんか。
それはともかく、ちょうどこの時季に桜まつりで賑わう大月市。大月の桜といえば本命は岩殿山なのですが、それはまたいずれ。歩いてきたのは隣にある扇山(おうぎやま)と百蔵山(ももくらやま)の縦走路です。
ということで、このふた山と大月市内に点在する桃太郎伝説。歩いて、見て、聞いたからこそわかるロマンたっぷりの山旅が始まるわけです。
■扇山~百蔵山(2019年3月30日) 目次
秀麗富嶽で人気の山、扇山と千本桜
去年の夏に大月市の滝子山に登りに行った時、八ヶ岳か日本アルプスに向かうのであろう登山者たちで、中央線は破裂しそうなほどの大混雑でした。3月下旬の今回は、快適な電車旅を高尾駅の名物天狗像に報告できました。
さて、中央線に乗ってやってきたのは鳥沢駅。駅前の枝垂れ桜が見頃を迎えておりますが、天気はあいにくの曇り空。
これから向かうのは、大月市に点在する秀麗富嶽十二景と呼ばれる山々の一つ、扇山です。山名の由来は書いてあるとおり、扇を広げたように見えるからですが、山頂からはそれこそ扇のような富士山が見られるようです。
曇り空でなければ。
扇山は登山口が複数あり、バスを利用しても行けるのですが…登山口まで歩けない距離じゃありませんし、観光がてら徒歩でいきます。
ふと足元に目をやると、マンホールの絵柄が名勝の猿橋ですね。ここも見たかった場所なので、帰りに立ち寄りますよ。
国道20号沿いに「大月カントリークラブ」の看板が見えたら左折し、坂道を登っていきます。しばらく歩いていくと大月エコの里への分岐へ入ります。千本桜とあるので、満開時にはそれは凄い景色なのでしょう。
正直なところ、桜にはあまり期待をしていなかった今回の山旅ですが、序盤でいきなりいい意味で期待を裏切る出会いがありました。見事な桜に思わず足から根が生えてしまいます。花見登山っていいですよね。
エコの里からいったん車道を挟み、向かい側へと進みます。扇山へバスで向かう場合は、右方向の梨の木平が登山口ですね。
民家の先にひっそりと登山口がありました。倒木多めの荒れた道です。これは渋いコースに来てしまったぞ~…(; ・`ω・´)
バキバキと小枝を踏む音をかき分けて20分ほど登ると、南面が開けました。とは言ってもこのありさまですから、今日の富士山は諦めたほうがよさそうです。
乾いた景色の登山道が続き、加えて誰ともすれ違いませんから不安にもなります。でもこういう地味な登山道は嫌いじゃないです。
このコースの見どころは何なんだろう?と自問しているところに、つつじ群生地と書かれた看板が現れました。なるほど、扇山はツツジの山だとネットで見かけましたが、このコースもツツジが見られるみたいです。
よく晴れた日にまた会いましょう。悔しいです!(T皿T)
登山口から黙々と登り続けて一時間ほど、犬目地区への分岐に出ました。
ところで、ここまで歩いてきて何か気が付きませんか?鳥沢駅を出て、猿橋のマンホールを見て、犬目への道標を見かける-
鳥、猿、犬…
そうです!桃太郎の仲間になる鳥(雉)と猿と犬の名前が入った地名なんです。そして扇山の後に向かう百蔵山(ももくらやま)もまた、もも(桃)の名前を持った山ですから、いよいよ大月市に桃太郎の気配が漂いはじめてきました。
近くに看板が倒れていたので持ち上げてみると、君恋温泉とありました。とても魅力的な名前の温泉ですが、残念ながらこちらは2019年3月現在閉館してしまったそうです。
だから看板が伏せてあったのですね。元の状態に戻しておきます。
扇山の山頂も間もなくかな?という頃、霧に覆われるだけならまだしも、ポツポツと雨まで降り出してきました。脳裏に下山の二文字が浮かびますが、雨は程なくして止みました。
時刻は9時。駅を出たのが7時頃でしたから、正味2時間で扇山山頂に到達です。噂通り山頂は広く、大人数のグループで来ても休憩には好適ですね。
秀麗富嶽シリーズといえば、山頂から富士山の展望が見どころですが、やはりこの曇り空では何も見えず。ただただ真白な壁が目の前にあるのみです。
お昼前ですがここでランチタイム。おなじみのトムさんは今日は美味し!去年の秋、ザックに箸を入れ忘れ、トムさんを木の枝で食べてからというもの箸は常備するようになりました。
エネルギーを補給したら、お次は百蔵山まで縦走です。この後に起きる悲劇を、ぼくとたろうはまだ知らない…
百蔵山への縦走、桃太郎はここから生まれた?
中央線の車窓から扇山と百蔵山を見ると、ふた山の間には大きなアップダウンがあり、日光の半月山・社山を歩いた時を思い出します。あの登り返しは辛かった。
しかし、実際に歩いてみると急な登降は最初と最後だけで、後はなだらかな道が続いていたように思えます。
■日光、半月山と社山の記事はこちら
平坦な尾根道を歩いていると、丸太のベンチと三角点のある大久保山が見えてきました。山というよりはただの曲がり角という見た目です。しかし、この大久保山から先で急降下が始まります。
つづら折りの急な坂道を下っていきますが、これを登りで…と思うとげっそり。まだ下るの!?と思うくらいガッツリ下っていきます。
大月市おなじみの道標が見えてくると安心しますね。文字がかすれてしまっておりますが、左側が百蔵山方面です。奥にも踏み跡がありますが…?
この踏み跡をたどってすぐの場所には、カンバノ頭という山頂がありました。しかし、ここで行き止まりなので先ほどの分岐まで戻ります。
それにしても、ここが標高818mということは、扇山から短い距離で300mも下ってきたということになります。急坂なわけです。
次第に木々に白い目印が目立つようになってきました。林業用の目印でしょうか?少し荒れた印象が強い登山道が続きます。
猿橋駅へと繋がる宮谷分岐を過ぎたあたりで、百蔵山が見えてきました。いよいよ山頂直下の急登へ…勝負どころです。
急登をうんせうんせと登っていくと、ちょうどいい感じのところに目のある竜のような木がありました。そうだ、ここでたろうの写真を撮ろう!と支度を始めると…
どしゃっ!コロコロコロ…
たろうが斜面を転がり落ちたッ!?
足場の安全を確認し回収しましたが、もしこれが断崖絶壁などだったらと思うと、ゾッとします。そもそもそんな場所でたろうは出しませんが、とにかく背筋が凍りつく思いでした。ごめんねピンク(´;ω;`)
緊張の一瞬の後、ひと踏ん張りで百蔵山の山頂にたどり着きました。こちらの山頂も広く、扇山ほどの開放感はありませんが休憩に最適です。
さて、富士山の展望はというと…もはや言葉もありません。しかし、中央線を挟んで向かいの九鬼山や高川山などが見えました。
ところでこの百蔵山(ももくらやま)、その名前の通りもも(桃)の名前がつくことから桃太郎伝説の舞台となっております。昔話で「どんぶらこ~」と流れてくる桃は、この百蔵山で実り麓の桂川へと流れてきたということです。
残念ながら桃は見当たりませんが、なんと桃たろうは実在しました!
大月市に点在する桃太郎伝説、その足跡をたどる
百蔵山の山頂を後に、下山は葛野地区を目指していきます。先の大久保山と同じく山頂感のない大同山を過ぎてからは、ロープの補助を受けての急下降が待っています。道が乾いているためか滑るすべる。
淡々と下っていくと、市街地が近く見えてきました。登山口まで下りてくると道はつづら折りの舗装路に変わります。
下山後は、いよいよ大月市に点在する桃太郎伝説の地を訪ねていきます。偶然ですが、同日に「桃太郎ウォーキングツアー」が開催されていたようです。山歩きの部分がなければ、ぼくも参加してみたかったですね…
福泉寺を見送り、県道505号にぶつかったら桂川を渡ります。待てど暮らせど桃は流れてきません。ならば手元にあるこの桃(たろう)を…いけません。
川を渡った後は、割とキツめな勾配の車道を歩いていくと神社が見えました。ここは子神神社というようですが、何やら気になる赤い看板が…?
「鬼の血」とは、なんとも恐ろしげな看板です。しかし、この鬼とはまさに桃太郎の昔話に登場する鬼ヶ島の鬼のことなのです。
近くにある案内板には、逃げようとした赤鬼が山の上に足を掛けたが届かずに股が裂けてしまい、その血が染み込んだとあります。その結果、この辺り一帯は赤土になったということです。
境内を散策してみると、確かに土が赤っぽいような…気がする?それにしても、山を跨ぐなんて鬼は規格外の大きさだったみたいですね。
神社から南に進んでいくと、「山羊さんの贈り物~修験deパン」という名前のパン屋さんがあるとのこと。お店の前を通ってみると、なるほど、たくさんのヤギが放牧されており、メェ~(目)が合いました。しかし、店舗販売はなく受注販売のみだそうです。気になるお店だけに残念です。
パン屋さんを通り過ぎると、今度は「鬼の盃」という場所がありました。岩殿山に棲みつく鬼が酒盛りに使ったそうですが…やはり鬼は相当な大きさです。
さて、ここで気になることが一つ。昔話では鬼が棲んでいるのは鬼ヶ島です。しかし、大月桃太郎では岩殿山です。つまり、この伝説をたどると目の前にある岩殿山に鬼が棲んでいる形跡があるということ…?
その鬼の棲み家は七社権現というところにあります。本来であれば山頂にも繋がるルートなのですが、2019年3月時点では法面崩落により進入禁止となっておりました。
目的の七社権現までは通れるとのことなので、行ってみましょう。
考えてみれば、扇山から百蔵山まで登り返し、下山後に再び別の山に登っているというのは肉体的にも結構しんどいものです。往復30分ほどなのが救いか。
舗装された階段から細い山道へと繋がり、七社権現への分岐へ出ました。ここから岩殿山までは崩落のため進入禁止なので、岩殿山の山頂はまたの機会へお預けです。行くならやっぱり桜の時季ですかねぇ。今じゃん。
さあ!いよいよ鬼の棲み家へ行きます。桃太郎と違って、ぼくの仲間はたろうしかいません。いざとなったらマスコットキャラが覚醒して、主人公に力を授けてくれるプリキュア的な展開は望めませんが…いざ!
…いかにも何かいそうな洞窟ですねぇ。落石の危険があるため、洞窟内は立入禁止だそうですが、それ以前に近寄りがたい雰囲気がありますよ。確かに、これなら鬼が棲んでいるとも思えてしまいますね。
今回、鬼は外出中だったようで、鬼退治はまた別の機会となりました。
鬼の洞窟から市街地へ戻り、猿橋方面を目指して歩いていきます。
そういえば、嘘のように晴れました!!午前中に歩いた扇山と百蔵山の山容がくっきりと現れています。ギギギ…!
左手側、開けた草原に「鬼の杖」の看板と、桃太郎伝説のジオラマがありました。このジオラマからもわかるように、百蔵山には桃太郎が、犬目、猿橋、鳥沢にはそれぞれ桃太郎の仲間たちが、そして岩殿山の上には巨大な鬼が対岸の山へ足を伸ばしています。
先ほど見た「鬼の血」の案内板どおり、鬼の股は裂け、その真下一帯が血で赤く染まってしまっています。さらに、鬼は両の手に大きな石杖を持っていたそうですが、この鬼は右手にしか持っていません。
というのも、桃太郎一行に追い詰められた鬼が、岩殿山の上からこの地に向かって石杖を投げつけたからだそう。その石杖というのがまさにこれです。地面に石杖が刺さった時、大きく揺れたことからこの地は石動と呼ばれているとのことです。
そんな鬼の伝説に思いを馳せるのもいいですが、目の前にある桜の木も素晴らしいことこの上ないです。念願の青空と相まって感動もひとしお。
ということで大月桃太郎伝説は、百蔵山から流れてきた桃から生まれた桃太郎が、犬目、猿橋、鳥沢でそれぞれ動物を仲間にし、岩殿山に棲まう巨大な鬼を退治する-という基本に沿った物語でした。
一方、岡山の『温羅伝説』とは、この伝説こそが桃太郎のモチーフになったと言われており、桃太郎のモデルと言われる吉備津彦命が、犬、猿、雉と名付けた家来とともに温羅(うら)という鬼と戦い、激闘の末討ち取るという物語です。
これだけを見ると、桃太郎のモチーフになったのも頷ける内容です。しかし、この物語の後半では温羅という鬼の真実がわかり、そこには勧善懲悪ではないヒューマンストーリーが待っているのです。
■岡山の桃太郎・温羅伝説について
伝説とはロマンです。その真実か否かを追求するものではないと思っています。ぼくは今回の桃太郎めぐりで、確かなロマンを感じずにはいられませんでした。
心温まる鉱泉と名勝・猿橋、そして昔話
大月市で秀麗富嶽十二景といえば、富士山の展望の他にもこのハッピードリンクショップが密かな楽しみでもあります。
富士山が見えなかったからこのサイダーでごまかしましょう。ああ美味い!
百蔵橋の上からは、桂川の奥に鬼が跨いだ岩殿山が見えました。山よりも巨大な敵に挑むのですから、桃太郎はさながらビグ・ザムと対峙したガンダムのようなものです。桃太郎はニュータイプだった…!?
次なる目的地は猿橋駅付近にある鉱泉です。山旅の後は温泉で汗を流す!というのが自分へのご褒美的なものでもあるので、今回も付近の温泉を調べてきました。すると、桂川沿いに湯立人(ゆたんど)鉱泉という日帰り温泉があるとのことですので、さっそく行ってみましょう。
階段を下りるとどう見ても普通のお家がそこにはありますが、よく見ると「営業中」の立て札が。ごめんくださいとノックすると、おばあちゃんが迎え入れてくれました。※2019年4月時点の情報です。
こちらの鉱泉は、その昔足腰の弱った人が、温泉に浸かると立ち上がることができたことから湯立人(ゆたんど)の名前がついたそうです。
小さな浴槽にぼく一人だったので、ゆっくりじっくりと浸かることができました。これは…うん、最高です。一方、女湯では地元のおばあちゃんたちがご近所づきあいの生々しい会話をされていました(笑)
いいお湯でさっぱりした後は、広間でおばあちゃんお手製の梅干しを振る舞ってくださいました。これがお茶に合う!美味しいです。
せっかくなので、ぼくが大月桃太郎伝説の地をめぐってきたという話をすると、おばあちゃんは「鬼の杖」についての昔話をしてくれました。
湯立人鉱泉を堪能した後は、甲斐の猿橋に立ち寄って旅を締めくくります。猿橋は国の名勝に指定されており、橋脚を使わずに両岸から伸びたはね木によって支えられています。
日本三奇橋の一つにも数えられており、その構造だけではなくこの景観も見どころです。この渓谷を船で渡るアクティビティもあるらしく、それはまさに浮世絵のような景色だそうです。
訪れた3月30日は、桜祭りと同時開催のコスプレ祭りもあったため、多くのコスプレイヤーさんたちで賑わっていました。和風の橋に着物が映えますね。
猿橋というくらいですから、サルの銅像もありました。左手を見ると桃のようなものを持っているのがわかりますね。ちなみに、サル像はトイレの裏手にひっそりと隠れているので見つけ辛いです。
さあ、山登りも伝説めぐりもしたし、猿橋も見ました。後は駅まで帰るだけ…だったのですが、その道中で「猿橋公園・桜見頃」の看板が。郷土資料館もありますし、これは呼ばれています。道草しちゃいましょう。
猿橋公園では何やら催し物があったらしく、14時50分では既に片付けの最中でした。惜しい!でもヤギがいました。あれ?既視感…?
あーーーーーっ!!
なんと猿橋公園に、岩殿山の手前で気になった例のパン屋が出店していました。片付け始めようとしていたところだったので一言断って話しかけると、快くパンや岩殿山についてのお話をしてくださいました。
素敵な出会いがあったので、公園に立ち寄って本当に良かった。古代小麦のカンパーニュをお土産にし、駅を目指します。あ!郷土資料館に行くの忘れた!
帰りは猿橋駅から鈍行電車を待って、今日一日を振り返ります。
山の上から期待した景色も見えず、山旅といえども山にいたのは前半だけ…にも関わらずこの充実感。山旅に伝説めぐりを加えると面白い、というかぼくにピッタリだと確信できた旅になりました。
扇山~百蔵山の山旅、終わりに
扇山と百蔵山の一番の見どころは富士山だと思います。そこに季節の花を加えれば彩りも楽しめると思いますが、今回富士山を見ることもできなければ、ツツジもまだ咲いていない季節でした。
ですが、麓の桜は見事に咲いておりましたし、素敵な出会いもありました。
さらに、大月桃太郎伝説というオプションをつけたことにより、非常に歩き応え、意義のある山旅をすることができました。
子どもの時に読んだ童話が、日本の各地に形を持って存在しているということが何よりロマンを感じます。せっかく山旅をするのですから、もっと各地の歴史や伝説などを調べてみるのも面白いと思います。
さあ、次はどこへ行こうかなぁ。
■秀麗富嶽十二景はこちら記事でも